子どもたちの未来のために
 
 今、時代が大きなうねりを伴って変化しているのを感じているのは私だけではないと思っています。何か変だ、何かわからないけれど生きにくくなったと、漠然とした感覚を覚えている人もいるのではと思います。時代は変化する。それはそれで良い方向に進んでいるのであれば歓迎するべきなのですが、今の時代を敏感に感じているのは実は子どもたちではないかと思うことがあります。良きにつけ悪きにつけても子どもたちは時代を反映している鏡と見ることができます。それは、私たち大人の生き方がこの社会の環境を作り出していることを考えれば当然のこととも思いますが、その変化があまりにも早く急激に起こっているのではと感じます。
 では何故子どもたちの生活環境がこれまでに酷くなったのでしょう。物の豊かな時代になればなるほど人々の心は置いていかれるばかりで、変化のスピードのせいなのか心を豊かにする時間を効率という時間が飲み込んでしまっているようです。わかりやすい判断が求められ、良い、悪い、という結果が二分率の思考の中で人間に求められていることもこの時代の特徴ではないでしょうか。豊かな時代に子どもたちへ求めることは限りなく多くなり、物質的には子どもたちへの機会や経験は多く与えられるようにはなりましたが、性急な二分率を求めることで心を豊かに育む時間を無駄と判断してきたようにも感じます。このことは、一見すると現代の社会では子どもたちが大切にされて大事に育み育てられているようにも感じますが、子どもたちの生活をつぶさに見てみると、我々の生きにくさが最後に集約されて子どもたちの生活にのしかかっているのではないかと感じることがあります。
 
 我々の代表であるはずのこの国の方向性や物事の枠組みを決定し推し進めなければならないはずの人々が自らの権益や自己保身のために方向性を決定することや、自己保身を前面に押し出して私たちの生活を脅かしかねないことを決定してしまうなど、みんなが生き合う社会という定義が根本から崩れ去っていくような危うい社会という時代を生きているのではないかと感じさせられます。そんな大人たちは「ない袖は振れない。」と言い、多くの幸せを犠牲にしながらも「益」を生むためには袖を強固に強くすることが必要不可欠と言い放ちます。しかし、ない袖だからこそみんなで考えて、みんなで道を見出さなければならないのではと思います。そして、この社会で一番弱いとされる子どもたちの民主性を確保しなければならないのだと思っています。子どもたちの弱き声を真摯に聞くことは、民主的な人間の姿をより強固にする道筋と言い換えてもいいのではと感じます。
 
 子どもたちを守り育むのは私たち大人の責任です。ここ何年間で急速に子育てが難しくなったのではありません。昔から知恵を絞りながら子育てを創造的に積み上げてきた母の姿があることは間違いありません。そんな母親の心の拠り所になったのは子どもたちの心の育ちでしょう。当然、身体的な成長も子どもたちの成長と捉えますが、人間が生き合うための知恵は体力が上位のものだけが有利に働く弱肉強食の世界ではありません。みんなで知恵を絞りその先に見える未来をよりよく構築するために協働する社会を築こうとしているのだと思います。私はあえて協働の源にあるのは響働、響感、と言い換えています。みんなで協力することは、ひとり一人が響(ひびき)を感じられる個性を持たなければなりません。そんな個性を子どもたちひとり一人が受け取れるような生活はどのように育まなければならないのでしょうか。今一度、皆さんのアイディアや意見をこの園の環境の中で考えてみることが必要な時期になったのだと思います。子どもたちの未来のために、私たち大人ができること。それは、一人では探し出すことは多くの時間を要することと一夕一朝では探し出すことに困難を極めます。皆さんと時間をかけてしっかりと確認しながら一歩ずつ歩んでいきましょう。
 
 今回、この「育つ」を再編成して世に出すにあたって、育ち合いの皆さんと色々な議論を重ねました。一つの形にするという行為は目的を共有するためには有効に働くことは間違いありません。しかし、ひとり一人のお母さんたちの思いや願いを過程の中で話し合い、練り上げる行為そのものが目標を完結させることよりも大事に思えて仕方がありません。母であることの大変さ、子育ての大変さ、園での人間関係の大変さ、そんな大変さを引き受けながら仲間と響感できた日々は、結果という果実がたわわに実ることで完結すると思いがちですが、この「育つ」の冊子を世に出した育ち合いのお母さんと同時に、この冊子を初めて手にした皆さんも、ここからが響感のプロセスの始まりなのです。みんなで響働や響感の語り部になっていただけたらと思っています。そんな共感が子どもたちの未来を照らしてくれることを願って。
                    金井幼稚園 園長 木都老克彦