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園だより

6月30日

     「指針」

 先日、長野へ行ってきました。園の保育の体系を形作った一人の先生が亡くなられて、お別れの会へ行ってきました。園にも足繁く通って頂いて、お母さんたちに講演をして頂いたり、私達保育者にも保育の構造を示して頂いた先生の一人です。毎年、夏の研修には元気な姿を見せて頂いたのですが、94歳の高齢という事もあってここ数年はなかなか顔を見せても短時間で帰られていましたので、心配していましたが、遂に亡くなられてしまいました。

 園は設立当時はごく普通の園でした。大人が完全なもので、子どもは不完全なものであるから大人になるには教え、導かなければいけないという理念の基に、教育を施していました。今考えると、あまりにも身勝手な考え方ですが、当時の幼稚園はほとんどがこのような教育理念の基で教育が行なわれていたのが現実でした。いまだにその考えで保育をしている園は少なからずありますが、しかし、前園長が現在の園のあり方を模索し、生活に根付いた教育をと考えた時、この先生に出会ったのです。そして、今までの教え、導く教育から子どもたちの生活を見つめ、あそびや、自由な活動から子どもたちの成長を見守り、子どもたちの成長する力を信じていきながら子どもたちに寄り添い、共に生活を感じようという教育に変化させてきたのです。

 子どもたちが園庭のそこここでのびのびとあそんでいます。梅雨の季節ですので園庭に水たまりが出来ています。長靴を履いた一人の子どもが水たまりに両足を揃えて飛び込みました。水が放物線を描いてそこら中に飛び散りました。それを見ていた子どもたちが「おもしろい」と感じたのでしょう。あっという間に数人が同じ事をして大声で笑っています。しまいには裸足になり、ズボンが濡れるのも気にせずバシャバシャと足踏みをくり返しています。ちょっと離れた場所では先生と腰を屈めて、数人の子どもがトロトロになった園庭の泥の感触を楽しんだり、器に入れて何やらごっこあそびを楽しんでいます。

 一見無秩序に見えるあそびですが、子どもたちの会話や面白がっている様をよく見てみると、そこには子どもたちの考える力の源がそこここにちりばめられている事が解ります。

 あらためて受け取りました。「久保田 浩」先生。子どもたちのあそびや活動の意味を子どもたちの生活をとおして考えることを。また、その考えをこれからも私達保育者が子どもたちを見つめる事で深く理解しなければならない事も。今後も子どもたちに寄り添い、子どもたちの伸びる力を信じて行きながら子どもたちと共に生活を考えていくように心がけたいと思っています。

                          園長 木都老克彦