園だより
1月31日
表現すること
例年の冬ですと、今頃は園庭の日陰や動物小屋の周辺の土に霜柱が出来、子どもたちはそれらをビニール袋に入れて融けるまで眺めている光景をよく見ますが、今年の冬は乾燥が厳しく、園庭に水を撒いている有様です。こんな環境ですが子どもたちはたくましく、泥だんごの細かい砂を発見したりカチカチになるのを楽しんでいる様子もあります。乾燥の環境でも新しい発見を次々にする子どもたちの柔軟さに驚きを感じます。
こんな環境を敏感に取り入れる子どもたちですが、この一年の園での生活の有様や環境を自分たちのものとして取り入れ、どのように感じ、成長して来たのかをみて頂く「金井展」がもうすぐやってきます。表現を考える会でもお話ししましたが、子どもたちの絵の中にあるお話は、子どもたちがこの環境や生活の中で自分たちが感じたこと、考えたことが表現されています。
表現は本来、心に起こる感じる心や考えを自分の外に出す営みで、人が生活していく上で誰もが持ち合わせているものだと思います。しかし、私達大人は生活の経験を積み重ねるうちに初めて出会う感動や驚きを徐々に忘れ去って、常識という確定された知識へと変容させてしまいます。ある意味では私達が生きていく上では必要なことではありますが、子どもたちの心の柔軟さや思考を組み立てていく育ちは感動や驚きなくしては考えられないのではと思います。
先日、ヤギの世話をしているところへ卒園生のお母さんがやってきました。ひとしきり子どもの園でのやぎとの生活を懐かしんで話しているうちに、やぎの前歯の上の歯が無いことを話したらびっくりしていました。常識で考えるならば、当然前歯は上下そろっていて草を噛み切っていると考えてもおかしくはありません。しかし、事実はやぎには前歯の上の歯が無いのです。在園の子どもの中には、このことを知っている子、知らない子もいるでしょう。知らない子どもが知ったときの驚きはその子どもたちの生活の中での気付きに委ねるしかありません。知識として教えたのでは次の発見や驚きに結びつかないと思うからです。「前歯が無いのだから柔らかい草をあげよう」と思うかもしれません。「自分には前歯があるのに何故やぎには無いんだろう、どうやって草を噛んでいるのだろう」と考えるかもしれません。次々と思考を巡らせて知ることの驚きを体験することでしょう。
子どもたちの表現を育てていくのは先ず、子ども自身が生活の中で感じ、考えるという心の育ちを私たちが大切に受け止め、考えることから始めなければならないと思います。子どもたちが表現することで、また、表現してあそぶことで、その子の全人格が育っていって欲しいと願うことなのです。
園長 木都老克彦
